江成道子さん
生活費やこどもの学費を稼ぎながら、育児もしなければならない――。一度仕事から離れていたり、働いたりしたことがないひとり親にとって、就労はひとつの「壁」です。ひとり親にとって働きやすい職種には、どんなものがあるのでしょうか。ひとり親の就労支援を行う一般社団法人「日本シングルマザー支援協会」の江成道子さんは、自身もシングルマザーとして5人のこどもを働きながら育てた経験があります。これまで400人以上のひとり親の就職支援を行ってきたという江成さんに、ひとり親が就職しやすい職種や、働きやすい職場について聞きました。
――ひとり親で働くとなると、子育てのしやすさを重要視する人は多いと思います。どのような職種を希望する人が多いですか。
うちに相談に来る9割近くの方が事務職を希望しているという印象ですね。ヒアリングしてみると、「事務職ならば土日が休みで、夕方5時6時に仕事が終わるから」という理由が多いことに気づきました。「平日の仕事で、夕方まで」イコール事務職という考えなんだ、と。加えて、人によっては、事務職イコール簡単な仕事、と考えている人もいました。
そもそも、事務職は決して簡単な仕事ではないですよね。そして、ひとり親におすすめできる職種かというと、そうでもないんです。まず、ひとり親であり、世帯主として働くのなら、なるべく正社員がいいですが、事務職での正社員の募集はとても少ないです。町の不動産屋さんのような小さな会社だったら事務職で正社員の募集があるかもしれませんが、そういった小さな会社が求めるのは「休まない人」です。ひとり親は、こどもの体調不良などでどうしても休まなければならないときがあります。そして事務職の場合、出社して勤務時間内は拘束されることが多いです。自分の裁量で調整して働くことができません。
もちろんすべてがそうとは言いませんが、事務職希望の方がもつイメージと実際は違う場合が多いです。
在宅での仕事を希望する人も多いですが、在宅で求められているのはエンジニアなど専門知識や技能を持つ人材が主であることから、就職は簡単ではありません。
ひとり親が働きやすい職種は、自分の裁量があったり、自宅に持ち帰ってもできたりする仕事などです。たとえば、自分のお客さんを持ち、アポイントメントの時間などを自分で決められる営業職はおすすめです。個人のお客さんではなく、企業がお客さんのいわゆる「B to B(Business to Business、企業間取引)」の営業ですと、夜間や休日に呼び出されることもほとんどありません。メールや電話を使って営業する「インサイドセールス」もあります。
看護師になるには学校に通う必要があり時間がかかりますが、介護職は約1カ月の研修を経て働くことができます。昼間のデイサービスのみなら夜勤はありません。またキャリアを構築するという意味では、入り口は非正規でも、正社員になるルートがある会社を探して働くのがいいと思います。
最近はCSR(企業の社会貢献)を意識している企業も多く、特に大企業は、ひとり親を採用するかたちで支援することに積極的なところがたくさんあります。一方で、10年20年専業主婦でしたというようなひとり親の方は、大企業に尻込みしてしまう。怖いなと感じてしまう人が少なくありません。
たとえば面接がうまくいっても、家に帰ってこどもを寝かせて夜中になると、「やっぱり自分には向いていないのでは」と思い詰めてしまう。プレッシャーを感じてしまい辞退してしまうケースもありますが、私は「怖がる必要は全然ない」とお伝えし、恐怖の原因が何なのか「見える化」するための話し合いをしています。
「向いていない」の言葉の裏にあるのは「自信がない」です。そういうときはひとりで思い悩まず、私たちに相談してほしい。私たちは会社の商品やサービスを一緒に勉強しますし、ときには面談にもついていきます。愚痴も聞きます。就労後も、ときには「上司の言葉がきつい」などの相談が届きます。その場合は、相談者の話を聞いた上で、会社にもそれとなく確認すると、実は上司が相談者にとても期待していて、相談者がその期待をプレッシャーに感じていることがわかりました。
自分だけで考え込むと悪い方に思考が傾き、退職につながっていたかもしれません。企業もひとり親の採用に関してまだまだ手探りな部分があり、私たちに相談されることが多いので、ひとり親の実情を話したり、合う方をマッチングしたりしています。
地方には大企業が多くはありませんが、地方の中小企業も新規事業や営業に女性を雇用することで顧客の開拓ができ、お互い補い合えるのではと提案しています。
――さきほど「マッチング」という言葉が出ましたが、シングルマザー支援協会さんはどのようにして企業とひとり親のマッチングをしていますか。
基本はオンラインで、キャリアコンサルタントが相談者の方にヒアリングを行います。「どんな仕事をしたいのか」「これまでどんな経験をしてきたのか」「こどもに何をしてあげたいのか」など何度か聞き取りし、その方に合う職場やキャリア構築を見極めます。
たとえば、年齢でキャリアを考えることは大切です。35歳未満と40歳以上では、同じ1歳の子がいるのでも状況が違います。こどもを大学まで行かせる場合の学費などを考えたら、年齢が高い人はすぐ働き始めたほうがいい、できれば正社員登用があるところで、となりますよね。出産年齢が多様ないま、こどもの年齢ではなく自分の年齢で働き方を考えることをすすめています。自分の収入がどれくらい必要なのかを把握してキャリア構築をしてほしいです。
年齢だけでなく、こどもの状況もみます。お子さんが小学校高学年でお留守番ができる状態の人もいれば、0歳児を育てている人もいる。企業側にもヒアリングをして、赤ちゃんがいても大丈夫な会社には赤ちゃんがいる人を、夜7時くらいまで働く必要がある会社には大きいお子さんがいる方を推薦します。
ほかには近所で働きたいのかや、ラッシュ時の通勤電車に乗れるのか、などもみます。ストレスは少ないほうがいいですし、無理をするものではありませんので。
支援をしていて感じるのは、ひとり親の人たちのなかには、活躍できる人材がたくさん埋もれているということです。本当にポテンシャルを感じています。企業も「支援協会さんのサポートがあるなら」と採用を快諾してくれることが多く、支えながら送り出させていただいています。
女性は「こどもが熱を出すかもしれない」とか「自分にできるのだろうか」など心配がまず先に立つので、自分にはポテンシャルがあること、勇気を出してみればできることなどをコーチングして背中を押すようにしています。
――ひとり親当事者が、いい関係を築きながら長く働ける職場と出合うために、まずは何から始めればいいでしょうか。
やはり抱え込みがちになってしまうので、ひとりでは動かないほうがいいかなと思います。またSNSの情報や友人の体験談などを信じるのではなく、就労支援のプロに頼ることをおすすめします。私たち支援協会だけではなく、民間の就職エージェントもいまはたくさんありますし、自治体の相談窓口でも、就労支援をしっかりやってくれます。
窓口との相性もあります。「合わないな」と感じたら別の相談先に行ってみてください。病院にセカンドオピニオンがあるように、何カ所か相談してみて自分に寄り添ってくれるなと感じる相談先を探すところからが就職活動だと思って始めてみてください。
――時短勤務やこどもの看護休暇など企業側の仕組みが整っていても、上司や同僚たちの理解がなければ働きやすい職場とはいえません。ひとり親が子育てと仕事を両立するために、どのように働きかけて職場での理解を得ていけばいいでしょうか。
独身の方だって風邪はひきますし、体調不良で休むこともあります。そういうときに「代わりにやっておくよ」と声を掛け合うなど、お互い協力しあえる関係を作っておけばいいのではないでしょうか。
大切なのは会社にとって「必要な人」「辞められては困る人」になることです。必要な人間ならば、こどもの風邪で会社を休むことになっても、在宅勤務を増やすなどして会社が働きやすい環境をあなたに作ってくれます。ひとり親だからといって職場に気を遣ってペコペコする必要はありません。
――働きたいと望みながらも、なかなか一歩を踏み出せないひとり親の方に、メッセージをお願いします。
世の中そんなに怖くないよ、って伝えたいです。いまは正社員の人がすごく仕事ができるように見えるかもしれないけれど、そうでもなくて実はパートで入ったあなたよりできないかもしれない。実際、就職した元相談者に言うと「その通りです!」って笑いながら答えてくれます。
「出来ない」を「出来る」に変えていって、自分の可能性を開花させていってほしいです。
江成道子さん
1968年、東京都出身。16歳で高校を中退後、看護助手として病院で働きながら通信制高校を卒業する。20歳で結婚、21歳で長女を出産。2度の離婚を経験し、保険外交員などをしながら5人の子を育てる。2013年、自分の経験を生かした起業がしたいと、日本シングルマザー支援協会を設立した。現在は11人の孫がいる。