娘を育てるシングルファザーや息子を育てるシングルマザーにとって、よくある相談の一つが、性別の違いから生じる様々な悩み・困りごとです。
ひとり親当事者で異性のこどもの子育て経験を持ち、仕事柄相談を受ける機会の多い、吉田大樹さんと太田啓子さんにお話をうかがいました。
NPO法人グリーンパパプロジェクト代表理事 吉田大樹さん
――ひとり親になられた経緯と、これまでの暮らしぶりを教えてください。
吉田 うちは長男、長女、次男の3人で、上の子は21歳になりました。2010年に、当時こどもが小学1年生、4歳、2歳のときに妻が出て行き、僕はいきなりシングルファザーに。仕事の傍らで家事も育児もほぼ丸抱えとなり、怒涛の日々がスタートしました。
実は、それ以前から、平日にあまり家事や育児ができない分、土日は僕が積極的に動いていましたが、平日も含めてすべてを1人でやってみると、思い描いていたより数倍しんどかったです。正直記憶もないくらい(笑)。ひとり親生活がスタートして2週間は、自分の家庭が守れなかったという思いがあって、人と会うたびに泣いていたのですが、3人のこどもたちががんばって生きてくれている姿を見て、気持ちを切り替えることができました。
小学校に送り出したり、保育園に連れて行ったりしていたら、始業時刻に全然間に合わないんです(笑)。会社には正直に事情を伝えて、1時間遅らせてもらいました。とは言え、学童と保育園のお迎えに行かなければならないので、終業時刻を変えることはできません。残業ができなくなり、仕事面でも同僚に相当迷惑をかけましたし、何よりも残業代がゼロになり収入にもだいぶ響きましたね。
小中学校、高校とこどもたちが次第に大きくなるなかで、もっと父親たちに具体的な子育て支援のアプローチがしたいと思い、2016年に地域でNPO法人グリーンパパプロジェクトを立ち上げました。縁があり、令和元年のスタートと同時に放課後児童クラブの運営も開始し、多くのこどもと保護者と日々触れ合い、さまざまな課題に向き合いながら活動することができています。
弁護士 太田啓子さん
太田 私は2人のこどもが未就学のときに事実上の離婚状態となって、その後正式に離婚しました。現在、高校1年、中学1年の息子たちは、思春期真っただ中ですが、それでも日々、会話は普通にあります。自分からべらべら話すタイプではないですが、隠そうとしているところもなく、反抗しながら甘えてくる、というところでしょうか(笑)。
私が担当している弁護士の仕事は8割くらいが離婚事件で、妻側の代理人になることが多いのですが、夫側のことももちろんあります。もうすぐひとり親になっていく最中の方々と日々接しています。
私自身のことを言うと、こどもが小さいときは物理的に大変でした。親族の手助けを借りて乗り切れることもありましたが、突然の発熱でサポートがないときはどうしようもなくて、裁判所に息子を連れて行き、ベビーカーを揺らしながら裁判官と話したこともありました。携帯電話に発信元が“保育園”と表示されると、ドキッとしました。シングルでもそうでなくても、働くママパパはそうですよね。
平日は保育園に行かせて、食事をさせて、こどもを寝かしつけたら倒れ込むような毎日でした。週末はそれに輪をかけて大変。朝から晩までずっと1人でこどもをみなければなりません。息子2人を連れて、こどものいる友人のお宅を頼って泊まることもありました。振り返ると、電車で片道1時間もかけてよく行ったなと思うのですが、1人で2人のこどもを週末ずっと世話するより、少し遠くても出かけて泊まらせてもらったほうが楽だったんですよね。自分のほかに大人の手と目がある状況は非常に助かりました。住んでいる地域でコミュニティを作って頼れたらより楽だったかもしれませんが、当時は時間にも気持ちにも余裕がなくてなかなかそういう関係性を作れず、あまり地元の人に頼れませんでした。今振り返ると、もっと周りに頼ればよかったかなとは思いますね。
――離婚をどうお子さんに伝えるべきか、悩む方も多いと聞きます。
太田 私が離婚していることを知っているお客さんからも、その質問はたくさんいただきます。年齢によって伝え方は違いますが、やはりいくつであってもこどもの心情のケアは必要です。うちは当時こどもが小さかったので、特に説明せずに、なんとなくひとり親生活がスタートしたといいますか、こどもにとっては、物心ついたときには母子3人の生活、という感じだったと思います。
吉田 うちも当時は小さかったので、きちんとは話していないです。僕は突然やってきた4人での生活を当たり前に回していくしかなかったし、こどもたちもそれを知っていたのか、寝るときを含めて「ママじゃなきゃ嫌」などと駄々をこねることはなかったですね。今思うと、かなりこどもたちも我慢していたと思います。
太田 ある程度の年齢であれば、やはり離婚を正直に伝えることでしょう。こどもは両親の離婚を嫌がるかもしれませんが、話せる範囲内でどういう理由があったのか、あなたは小さかったから、意見を聞かずに別れも引っ越しもしたけれど、離婚したほうがいいと考えたからそうした、と話すのが良いのではないでしょうか。相談者からは、悩みごとをストレートに伝えたら、こどもが腑に落ちたような雰囲気になった、笑顔になったという話も聞きます。「話してもわからないだろう」などと決めつけず、こどもを1人の対等な人格がある相手として、大人と同じように尊重する。こどもが悲しんだり傷ついたりすることもあるかもしれませんが、両親の離婚をこどもが自分なりに受け止め消化することは、こども自身にとっても大事ですね。見守り、適宜フォローしつつ、こどもの回復力を信じると良いと思います。
――女の子の場合、生理もあり、ファッションやコスメなどお父さんは分からないことが多いのではないでしょうか。
吉田 元々男子だから女子だからという視点で子育てに関わってきませんでした。異性である娘にも「女子だからこれにしなさい」的なことは言わず、性別を意識せずに育ててはきましたが、結果として女の子的なものを好むようになった感じです。ただ、僕が異性の生活仕様に付いていけず、悔しい思いもしました。例えば、髪の毛が長くなって結ばなきゃいけないのに、いつもポニーテール。とうとう僕は三つ編みを覚えられず。そのうち娘が勝手に覚えてきて、自分でできるようになってくれました(笑)。
お風呂も小1くらいから一緒に入ってないです。僕が恥ずかしいのもありますが、1人で入らせました。そうやっていくうちに外でもお風呂に行けるように。温泉に連れて行ったとき、1人で入れるか心配しましたが、居合わせたおばさまたちが面倒をみてくれて無事に出てきました。半ば強引ですが、いろんな人たちの手を借りてやってきましたね。
太田 うちも同じようなことがありましたね。息子たちが温泉好きなこともあって、講演会のときにあちこち連れて行きました。赤ちゃん時代は別として、幼児くらいのときには、本人のプライバシーのためにも周囲の女性の配慮のためにも女湯には連れて行ってはいけないと思っていたので、ちょっと贅沢して露天風呂付きのお部屋をとることも。2人だけで男湯に行けた記念日はよく覚えています。うちは同性の兄弟なので、お兄ちゃんに弟を助けてもらいながら、6歳、3歳くらいのときに2人だけで男湯に入りました。前の日は緊張して、練習もしました。当日はいつまでも出てこないのでさすがに不安になり、男湯から出てくる男性を捕まえて、“こういった風貌の男の子たちを見かけませんでしたか”なんて聞こうとまで思い詰め、男湯の前をウロウロしましたが、ようやく出てきて聞いてみたら、お風呂の中で初対面のおじさんたちとおしゃべりして盛り上がっていたみたいです(笑)。そうやって一期一会で同性の大人に助けられてきたというのはありますね。
ほかに、異性だから特に困った出来事というのは、あまり記憶にないです。私がスポーツに疎くて家で野球やサッカーの試合とかを見る習慣がないので、息子もあまりスポーツに関心がなくて。スポーツが好きな大人が身近にいたら何か違ったかな、とか、そんなことは思ったりもしましたけど。でもだんだんと、こども自身が、親の興味関心と離れて何かに興味を持っていったりしますしね。
吉田 こどもが小さい頃は、夜の食卓の場などでいろいろ話をしてくれました。いじめに遭っている、学校に行きたくない、といった話もそれぞれ吐露してくれました。家で話しやすい雰囲気づくりが功を奏したのか、娘に初めて生理がきたことも自分から臆せず話してくれました。僕はとうとう来ましたかという感じ。基本的なことは学校で習っていたので、対処できたようです。
その後、当時所属していた会社の女性スタッフに「娘に生理が来たんですよ」と相談すると、娘を買い物に連れ出してくれました。生理用品のイロハを教えてくれたみたいで、助かりましたね。今も買い物に一緒に行った際に生理用品がほしいとか素直に言いますね。生理とか性教育とか、僕自身があまり積極的に話す性格ではないんですが、学校でも教えてくれるし、僕の母親を含めて、娘が頼りやすい存在の人が周りにいたのは良かったなと思います。
心配になっていろいろと言って衝突するときもあります。二人で車の中で会話すると、突然、美容整形の話なんかも飛び出すのでびっくりすることもありますが、基本的には良い関係だと思います(笑)。
――お話をうかがっていると、娘を育てるシングルファザーのほうが悩みごとは多いのかもしれませんね。
太田 「ワンオペ育児」という言葉があるくらいで、母親は離婚してもしなくても、元々子育て全般を担っているケースが多いです。それがいいとは思っていませんが現実ですね。ですから、ママは「結婚中もワンオペだったから、離婚しても同じ。パパがいなくなっただけ」だったりします。他方で、シングルファザーのほうが、死別離別問わず大転換が起きる傾向が強いんです。妻にこどものことを任せてきたから、毎日、娘に何を着せたらいいかわからないシングルファザーの話を聞いたことがあります。
吉田 本当にそうですね。シングルファザーは、周囲に声を出して悩みを打ち明けられない傾向もあると思います。離婚した負い目から内向きになるのでしょうか。僕の場合は、逆に周りの人になるべく打ち明けて協力してもらってやってきましたが、まずは父親同士で関係性を築くなかで、話ができる環境をつくっていくことが大事だと思っています。
太田 保育園や学校の懇談会に行くと、出席しているお父さんが、圧倒的多数のママたちの中で、なんだか居心地の悪そうな顔をしている光景をよく見ます。子育てって、子育て仲間の存在が重要ですよね。性別関係なく仲間になれますけど、ママだらけの輪にうまく入れる社交的な方ばかりでもないし、パパ同士のつながりも大事です。でも、元々パパがパパ友を作るのはママより機会が少なく苦労すると思います。知り合いの保育園では、保育園主導でパパ会をやっていたそうで、そこでパパ友を作れたという話を聞いて、すごくいいアイデアだなと思いました。そういうプラットフォームが、保育園や小学校、マンションの自治会や地域にあるといいですよね。
――悩めるシングルファザー、シングルマザーの方にどんな声をかけたいですか。
吉田 そもそも話しかけないでオーラを出している父親は多いと思います。シングルファザーならなおさらですよね。ただ、なるべく僕自身はオープンにしてきたおかげもあり、いろんな方の協力が得られました。家事や育児も大変ななかではありましたが、こどもたちの小中高時代にそれぞれPTAの役職を引き受けたのはとても大きかったと思います。長男が小1に上がった時からなので、かれこれ14年くらいPTAに関わってますが、人間関係の種を撒くことで助けられたことも多かったです。現在も次男の高校のPTA副会長です(笑)。もう間もなくゴールですね。
僕は、“こどもは地域のエントランス”という言い方をするのですが、こどもを通じて学校や地域と関わっていくと、何かのときに声をかけてくれる人がいます。言い方は悪いけれど、こどもを上手に利用しつつ、自分自身も周囲と関係性を作っていくのがいいと思います。一歩踏み出していくことが、環境を変える大きな一歩になるはずです。
太田 “何か困ったことがあったら弁護士へ”ですね。営業みたいですけど(笑)、本当にそうなんですよ。冗談ではなく、養育費や面会等の困りごとで弁護士が力になれることがたくさんあると思います。
私は子育てでひとを頼ることがあまりなかったのですが、数少ない経験としてアドバイスできるのは、「自分にできることがあったら協力しておく」ということでしょうか。例えば私は時々こどもを映画館に連れていきますが、仲良しのお友達もまとめて預かって一緒に連れていくことは何度かありました。最低限の連絡先としてそのお友達の親御さんの電話とかをうかがっておいて、ショートメールで「今解散したのでもうすぐ帰ります」と連絡できるくらいの関係性は作れました。その後、修学旅行でうちの子が校帽を忘れたときに、同じく忘れたお友達の親御さんが、うちの子の分も予備の校帽を届けてくれて、後でそのことを伝えてくれました。あれはありがたかったですね。そういう日常のちょっとしたフォローをし合える関係性を作れるように、自分ができることで、他のお子さんのお世話を少しでも引き受ける。そんな小さなことが大事だと思いました。
それから、よく“斜めの関係”(親や担任教師のような“縦の関係”、友達同士の“横の関係”に対して)の存在があると良い、と言いますよね。私の場合は親族とよく会うので、息子たちもいろいろなバリエーションの大人と触れ合う機会があります。もちろん、実家の親や親族を頼れる人ばかりではありません。マンションのママ友、学童の指導員さんとか、塾や習い事の先生など、信頼できる大人とのつながりを築いて、こどもが安心できる環境を作ってあげるのが一番なのではないでしょうか。
吉田大樹さん
労働・子育てジャーナリスト、NPO法人グリーンパパプロジェクト代表理事。労働専門誌の記者、父親支援団体代表を経て、2016年にNPO法人グリーンパパプロジェクトを設立。2019年に放課後児童クラブ「南よつばの願い学童」を運営開始。著書に『パパの働き方が社会を変える!』(労働調査会)がある。
太田啓子さん
弁護士。2002年弁護士登録、神奈川県弁護士会所属。離婚・相続等の家事事件、セクシャルハラスメント・性被害、各種損害賠償請求等の民事事件などを主に手がける。明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)メンバーとして「憲法カフェ」を各地で開催。著書に『これからの男の子たちへ』(大月書店)がある。