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ひとり親としてこどもと生活していくとき、多くの人が仕事をすることを迫られるのではないでしょうか。離婚前は専業主婦だったり、ごく短い時間のパートだったりした人も、少なくないはずです。二人の子を育てる高橋知美さんは音楽教室の先生をしていましたが「ほぼ専業主婦」の状態から一念発起し、保険の営業職へ。壁にぶつかることもあったといいますが、乗り越えた今、仕事を楽しみながら子育てに邁進しています。そんな高橋さんにご自身の経験を語っていただき、ひとり親のみなさんへのエールをいただきました。
――ひとり親として生きることを決意するまで、どんなことがありましたか?
私は今46歳で、小学校4年生と6年生の二人の男の子の母親です。離婚原因は性格の不一致です。こどもが生まれてからだんだん、夫が独善的になってきたように感じ、お互いの価値観の違いが浮き彫りになりズレを感じていました。不仲なところをこどもにも見せることになり、家の中もギスギスしてきました。口げんかになって、夫がこどもに「早くママが出ていけばいいのにね」と、同意を求めることもありました。こどもの気持ちにとっても良くないから、やめてほしいと何度も話し合いました。
両親が揃っていた方がいいと思っていたので、8年ぐらい関係を改善しようとしてきましたが、最終的にはこどもの前で、私の大事なものを私に向かって投げられたことがあり、そこで決意しました。
男の子二人なので、こどもたちが「奥さんにこんなことをしてもいい、女の人は我慢していろ」という男の人になってほしくなかった。夫には「そんなに文句があるなら離婚するか」と言われました。「専業主婦だからできないと思っていたんでしょう。本当に家を出ますね」って言ったら、土下座する勢いで謝られましたが、出ていきました。
――いざ実際に離婚するにあたって、不安に思ったところはどんなことでしょうか。
お金のことですね。音楽を教える仕事はしていましたが、月数万円ぐらいの収入だったので、こども二人を大学まで出せるのだろうかと、こどもたちの寝顔を見ながら眠れないぐらい悩みました。離婚調停で養育費をもらえることになったものの、値切られて算定表の一番下の金額で、心が豊かになる生活を送るためには絶対に足りないと思いました。私の行動でこの子たちの人生を狂わすかもしれないと悩み、泣いていました。そして私なんかに仕事が見つかるのかと不安でした。
――今のお仕事について教えてください。
法人保険の営業をしています。ひとり親をサポートしてくれる「日本シングルマザー支援協会」のキャリアアドバイザーに紹介していただきました。一人だったら絶対に選んでない仕事です。最初は、「保険の営業なんて私やりたくない、無理です」と言っていました。キャリアアドバイザーに「仕事を始めるのと、旦那さんと一生涯過ごすのはどっちがいいの?」と聞かれて、ポンって背中を押されました。「今仕事をやらなければ、夫と一生住むことになる」と思ったらやるしかない。私は介護の仕事がいいと最初は言っていたのですが、介護は夜勤をする必要があったので、保険業界一択となりました。
当時学童保育の空きがなくて6か月待ちでしたが、待機を申し込んだからには入れる日が来ます。キャリアアドバイザーには「やるしかない」というところまで持っていってくださって、感謝しています。
保険会社の仕事は、面接と試験を経て就くことができました。おかげさまで、今4年目です。
――離婚前はほぼ専業主婦だったとのことですが、就労する上で不安に感じたことはありましたか。
就職活動すらしたことがなく、正社員の仕事について知らなすぎて不安がなかったのが良かったのかもしれません。子育てとの両立の方が不安でした。こどもがそのとき年長と2年生で、これから入学説明会などがあるのに、行ってあげられるのだろうか。授業参観にも参加できるのだろうか。これらの不安の方が仕事内容の不安よりも大きかったです。午後2時半に迎えに来ていたママが、ある日から突然午後6時半まで来ないのはこどもにとって劇的な変化ですよね。それを受け入れてくれたこどもに感謝しています。
――仕事を辞めたいと思ったことはありますか。どのように乗り越えられましたか。
辞めたいと思ったことは何度もあります。嫌な客に当たり、理不尽なクレームを寄せられることがあります。ですがありがたいことに良いお客様が多く、この方のために続けたいと思うお客様がいるので、仕事は続けられています。仕事は楽しいですね。
――会社も子育てに対してサポート、理解してくれているのでしょうか。
会社は「プラチナくるみん認定」という、「子育てサポート企業」として厚生労働大臣の認定を取得しています。有給休暇も多いし、授業参観も全部行けます。ひとり親じゃなくても、母親にとって働きやすく、ありがたく思っています。私が今いる支社では「こどもが熱を出したので休みます、朝礼は行けません」と言いやすく、とても助かっています。
――子育てと仕事との両立で工夫されていることはありますか?
コミュニケーションをこどもと密に取るようになりました。ママは今日こういう仕事で帰りが遅いから、学童ギリギリの午後7時半になるのでそれまでに宿題を終わらせてね、とか。
――仕事のやりがいについて教えてください。
仕事に関しては日々いろんなことがありますが、とにかくお給料が入ることが嬉しいです。まともなお給料が入ったことによって別居する自信がつきましたし、頑張れば頑張るほど給料が上がります。お客様にいいものを選んでいただいて、その結果が現れるのも嬉しいです。
母親が働いていることに対して、こどもたちが肯定的に思っているのも嬉しい。年に一回家族で沖縄旅行に行くのですが、「こんなに楽しい旅に行けるのはママが頑張っているからだよ」と言ってくれました。仕事をする母親をこのように見てくれている、頑張らなければと思いました。
――仕事で嫌なことがあるときのストレス解消や気持ちの切り替えはどうやってされていますか?
こどもですよね。嫌なことがあった日には腹が立っていますが、午後7時過ぎに学童に迎えに行って、一緒に家まで帰るときに前を歩いている二人がランドセルを背負い、わちゃわちゃしているのを見ると切り替えられます。あとは寝る前に下の子のほっぺたを触って癒されています。こどもが自立したらどうしよう、頑張れるかなと思いますが、まだ先ですからね。
――お子さんの一人が発達障害だと伺いました。大変なことはありましたか?
これは私が一番お話したいことです。うちのこどもたちは、手がかかるほうだと思います。上の子がADHD、下の子が場面緘黙で、下の子は家だとしゃべるのですが、幼稚園でしゃべれないことがありました。小学校入学にあたり支援級に入ったほうが良いのではとなり、診断書を取るなどの手続きが大変でした。手がかかる子だと、離婚したくてもシングルになることを諦めてしまう方もいると思います。こどものために我慢しなくちゃいけない、母親が家にいなければならないと思ってしまいますよね。でも適切な支援は受けられるので、我慢しなくていい。方法はいくらでもあるし、実際やっている人がいることは、声を大にしてお伝えしたいです。
こどもたちは普通に学校に行っているのですが、ちょうど1年前ぐらいに不登校になった時期がありました。息子のちょっと変わった感じが受け入れられなかったのか、4、5人の子に集団で心を削るようなことを言われるいじめがあり、それで3週間ぐらい不登校になりました。いじめだとわかってから、先生や加害側の保護者に学校に集まってもらい、話し合いの場を持ちました。今対応を間違えるといけないと感じたので、この件に全集中して解決させました。相手の子たちが本当にそれをうちの息子にやったのかどうかは、学校がクラスの子全員に聞き取ってしっかり調べてくれました。上の子が苦しそうなところを初めて見たので、黙っていられなくて対応をお願いしたのです。
加害側の保護者に書面を送り、時間もかかったのですが、結局今はクラスも変わり、こどもも元気に学校に行っています。解決に全集中した時期は会社の上司に「申し訳ないのですが、今はこどもの方に集中させていただきます、仕事量は減ります。片付いたら仕事はきちんとやります」と伝え、理解してもらいました。理解のある会社と上司だったことは本当にありがたかったです。だからこの仕事を辞めるわけにはいかないと思いました。
そのときは、たまたまそれまでの仕事の成績が良かったのです。だから普段頑張れるときに頑張っておくべきだと実感しました。手がかかるこどもがいても、「大丈夫だよ、やれるよ」と皆さんにお伝えしたいです。
――離婚したことについての、お子様とのエピソードを聞かせてください。
上の子は感性が豊かで言うことがちょっと変わっています。仕事を始めてしばらくして別居を始めたのですが、上の子が「ママの笑顔が違うよ」って言ってくれて。そんなに違うのって言ったら、「パパといるときは笑っているけど笑ってないし曇りの笑顔だったけど、今は虹色の笑顔だね」って言ってくれて、ああ、そんなに違ったのかと思いました。
――離婚を決められてから今に至るまで、自治体や民間団体など、相談した先があれば教えてください。
離婚前にネットで離婚案件が得意と宣伝していた弁護士に相談に行ったのですが、あまり私の話を聞いていなくて、全然親身になってくれず、諦めてしまいそうになりました。その後、シングルマザー支援協会に行き着きました。協会の方の「シングルマザーは大黒柱だ」という言葉に、考え方が変わりました。ここで仕事に就かないと話が始まらないと思うようになったのです。弁護士に行ったときにはただ助けてもらいに行った、支援を受けに行ったという姿勢でしたが、シングルマザー支援協会さんは、厳しいことも言ってくれたので助かりました。
――ひとり親になられてからこれまでで、最も嬉しいと感じたことは何ですか?
先ほどの「ママの笑顔が違う」こともそうですし、こどもを支援級に入れるということや、6年生だけどマスの大きなノートを選べることなどを、私一人で決められることですね。元夫がいたら、「なんで彼が支援級なの?勉強ができないわけではないのに」と言われてしまったと思います。大事な決断を一人で決められることが一番嬉しいです。シングルになれてすごく良かったですし、離婚したことは1ミリも後悔していません。
――ひとり親やひとり親になる方へのメッセージ、アドバイスなどをお願いします。
「我慢しないで、なんとかなる」と思うことですね。我慢して、離婚することは無理だと思って、夫と老後を迎えていたと想像すると怖いです。人間として生きる上で心が自由って一番大事なことです。こどもがいるからと我慢し耐えたら、心身が病んでしまいます。
ただ、「早く離婚したいから養育費は要らない」と言って、もらってない人が私の周りにもけっこういるのですが、権利だから、絶対もらうべきです。夫と関わりたくないとかあると思うのですが、お金があるに越したことはないので、月数万円でも、もらった方がいいです。
それから、女性の場合はひとり親になると「助けてもらう、支援してもらう立場」と思われがちです。もちろん支えてもらうことは必要ですし、権利ですが、ひとり親でも自立して稼ぐことができるんだよということは、みんなに知ってもらいたいですね。